「映画」にかかわる現場で、素晴らしい仕事を重ねてきた、
チャーミングな二人の女性の本を刊行します! 

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『極私的エロス・恋歌1974』『ゆきゆきて、神軍』『全身小説家』『水俣曼荼羅』など、原一男監督の一連の作品のプロデューサーとして知られる小林佐智子さん。
そして、『主戦場』『キャタピラー』『PEACE』『人生フルーツ』など、宣伝を手掛けた作品はどれも大ヒットという松井寛子さんの本です。
「映画一筋に生きてきた二人の物語を読んでみたい。多くの映画ファンにそのスピリッツを伝えたい」
そんな思いからこのプロジェクトはスタートしました。

あなたもその観客席から読者のひとりになってください!

はじめに・挨拶

「映画」なかでも社会の細部に厳しくも温かい眼を注ぎ、被写体と作り手の意思を強烈に魅せてくれる作品に、私たちは敬意と親しみを込めた深い愛情を抱いています。

そんな思いを共有する7人で、「映画」にかかわる書籍を制作・刊行する零号出版を立ち上げました。

 

プロジェクトをやろうと思った理由

書店や図書館の書棚には「映画」を題材にした夥しい数の本が並んでいます。

それでもまだ刊行されていない映画業界の物語はたくさんあります。

それほど「映画」にかかわる人の仕事は多岐にわたり、それぞれがみな魅力的で面白いのです。

その中には多くの映画ファンに知らせ残したい煌めく言葉を持つ人たちがいます。

零号出版はそんな人物にスポットをあて、まだどこからも出ていない

「世に出すべき意義ある映画書籍」を年に1~2冊のペースで出版したいと考えています。

 

このプロジェクトで実現したいこと

私たちが2022年に刊行したいのは以下の2冊です。

冊は、疾走プロダクションの代表・小林佐智子さんの半生を描いたノンフィクション『極私的疾走の軌跡』で、小林さん自身が執筆します。

長年、1972年の『さようならCP』から最新作の『水俣曼荼羅』までの原一男監督の作品をプロデュースしてきた小林さんですが、どういう人物なのかほとんど知られていません。

実は小林さんの半生は原さん以上にドラマチックなのです。

2022年は疾走プロの設立からちょうど50年の節目。

これを機に小林さんがその仕事と人生を語ります。

もう冊は、業界では超有名な松井寛子(ひろこ)さんの『映画宣伝おばちゃん』です。

松井さんは「カンコさん」の愛称で30年に渡り映画作品の宣伝を担ってきました。

その中で培われた監督や俳優、配給会社、劇場関係者との交友をベースにした作品です。

前田勝弘、小川紳介、土本典昭、松本雄吉、若松孝二、原田芳雄、井浦新、森達也、阪本順治、熊谷博子、坂上香、三上智恵、白石和彌、塚本晋也、想田和弘、阿武野勝彦…。こうした個性溢れる人たちとの交流で得た体験や作品の制作・公開に関わる裏と表の話を盛り込んだ本になります。

カンコさんが映画興行の難しさ面白さを、自身の体験を基にたっぷり語ります。

男女雇用機会均等法もジェンダー平等の意識もずっと先の時代の話、紛れもない男社会である「映画業界」に飛び込んだ二人が、どんな人と関わり、何を思い、どう行動し、その道の一流プロとして過ごしてきたのか「自立した女性の生きざま」は、映画ファンだけにとどまらず、多くの読者にも感動と勇気を与えてくれるはずです。

みなさまのお力をお借りして、まずはこの冊の刊行を実現したいと考えています。

その制作・刊行に要する資金を捻出するためにクラウドファンディングを活用します。

2021年12月24日より公開(開始)しています。

ぜひそのページをのぞいてみてください。

こちらからアクセスできます。

 

みなさまのご支援を期待しています。

何とぞ宜しくお願い申し上げます。

 

なお、現在この2つの本の制作・普及をサポートする〈制作・普及委員会〉のメンバーを募っています。

詳細はこちらから。ぜひアクセスしてみてください。

 

零号出版 事務局

新井健二 今井一 川原樹芳 小坂誠 島野千尋 西口芳美

著者プロフィール

小林佐智子

新潟市生まれ新潟大学人文学部仏文学科卒業。上京後日本シナリオ作家協会シナりオ研究所に通い、石堂淑郎、浦山桐郎ゼミ研究生となる。1972原一男監督と共に疾走プロダクションを設立プロデューサーとして『さようならCP』(1972年)『極私的エロス・恋歌1974』『ゆきゆきて、神軍』1987年)『全身小説家』1994年)を製作。2004年には劇映画『またの日の知華』を脚本・製作。ほかに TVドキュメンタリー『追跡731部隊」(92,演出)『映画監督浦山桐郎の肖像』(98,構成)『花のいろは 歌舞伎役者・片岡仁左衛門』(03,構成)。ビデオ作品『学問と情熱 高群逸枝』(02,脚本『旅するわっぱ ーイタリア社会的協同組合を探ねて1203,演出『ニッポン国VS泉南石綿村』(2017年)『水俣曼荼羅』(2021年)製作

 

 

松井寛子

大阪市生まれ。映画プロデューサー前田勝弘氏から自主上映や宣伝などについて学ぶ。『ニッポン国古屋敷村』小川紳介監督/1982年や土本典昭監督作品の自主上映運動からはじまり、ドキュメンタリー映画は『ゆきゆきて、神軍』(原一男監督/1987年)を皮切りに、森達也監督、想田和弘監督、三上智恵監督、熊谷博子監督、坂上香監督監督の劇場公開一作目から宣伝に携わり、東海テレビ制作作品は「人生フルーツ』伏原健之監督/2016年)など全作品の宣伝を担っている。 また、『月はどっちに出ている』(崔洋一監督/1993年)『幻の光』(是枝裕和監督/1995年)『実録・連合赤軍あさま山荘への道程みち若松孝二監督/2007『キャタピラー』(若松孝二監督/2010年)「野火」塚本晋也監督/2014など劇映画の宣伝も多数手掛けている。

 

 

小林佐智子さんのメッセージ 

今振り返ると、どうしてあの時、なんの恐れも不安もなく、自分の手で映画を作れると思ったのだろう。1969年という時代の魔法の力だったのか。物心ついた時から大きなスクリーンで浴びるように見てきた映画。それが、手を伸ばせば届くところにきていたことが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。 

上京して初めて目の当たりにした、“自主製作・自主上映”のドキュメンタリー映画の迫力、上映会場の熱気、作り手との連帯感。その時からもう心は走り出していたのだと思う。 

もちろん、原一男という空前絶後の相棒に出会えたことが大きい。新潟からぽっと出の、どこの馬の骨かわからない女の子の「映画が作りたい」という話を、まともに受け止めてくれたのが原さんだった。 

原さんはよく講演などで話していた。「もし小林に出会わなかったら、自分は今頃、世界を駆け巡るフオトジャーナリストになって、ビルの一つも建てている」と。それは、あながち嘘ではないと思っている(ビルが建ったかは不問)。なにものにも縛られたくない、という原さんの翼に私は映画という大きな枷をかけてしまった。映画を完成させるためには時間とお金がかかる。この身一つで飛び回るというわけにはいかないのだ。 

1970年代に「さようならCP」「極私的エロス・恋歌1974」、80年代に「ゆきゆきて、神軍」、90年代に「全身小説家」、2000年代に「またの日の知華」、2010年代に「ニッポン国vs泉南石綿村」、2020年代に「水俣曼荼羅」、なんと律儀に10年単位に7本の作品を作り続けてきた。50年で7本、その軌跡を辿り、それを1冊の本にしてもらえるという、またとない機会をいただきました。 

本当に書き上げられるのだろうか、不安はぐっと押し込めて、この出版企画を支援してくださっているかたがたに、何としても面白いと思ってもらえる本をお届けしたいと「刻苦精励」(原さん曰く)しています。

 

松井寛子さんのメッセージ

私が映画の本を書くなんて思いもよりませんでした。 

お天気がいい休日はハイキングや神社仏閣、美術展へ行く私。お天気のいい日に映画館へ映画を観にいきはる人は本当に映画が大好きな人なんやと敬服してしまう私。映画が人生のすべてではない私。ところが、いつのまにか映画を生業とし、その上、人に「この映画ええから観てね〜」と大阪のおばちゃんの特性でお節介にも他人に押し付けてしまう私。映画に対してそれは失礼なことかなぁと思ったことが何度もあります。 

映画のことならもっと映画をよく知ってる人がたくさんいたはることも、もちろん知ってます。そんな私が映画の本を書くなんて嘘やろ?なにかの間違いちゃう? 私の映画の師匠で人生の師匠でもある、映画プロデューサーだった故前田勝弘さんがこう語っていました。 

「その人が映画をよく知らなくてもいい、映画をたくさん観ていなくてもいい。一本でも観た映画でその人の人生がかわるようなそんな映画を作りたい」 観た本数ではない。映画を観ることで人生が豊かになるような作品に出会いたい。 震えるような映画に出会いたい。 

世界のこと日本のこと、世間というもの、人間というもの…。私は映画によって多くのことを知ることができました。そしてなにより映画を通して豊かで魅力的な人と出会うことができました。 

人生がどれほど楽しく豊になったことか計り知れません。「映画」が知らず知らずに私の血となり肉となり、人生を変えたのだと思ってます。 

私には映画専門書はとても書けないです。なので「映画」専門のことより「映画」を通して出会った素敵な人たちとの「四方山話」なら大阪のおばちゃんは書けそう!! 

そう思って決意し、引き受けました。ぜひ御一読ください。